一穂ミチ『スモールワールズ』レビュー!
直木賞候補となった話題の連作集。小さくて大きな世界「家庭」を感じさせてくれる
《解説》
先生と生徒を描いた『雪よ林檎の香のごとく』でデビューし、アニメ映画化もされた『イエスかノーか半分か』や愛と性をまっすぐに描いた『ふったらどしゃぶり~When it rains, it pours~ 完全版』などなど、名作と言われるBL小説を多数手がける一穂ミチ先生の一般小説『スモールワールズ』。第165回直木賞候補となって話題に。6つのお話が入った連作集となっています。
《感想》
スモールワールズ……家庭という小さな世界がクローズアップされて描かれています。最初のお話『ネオンテトラ』からして、言葉が乱暴ですが、「あぁ、一穂ミチ先生、ぶっこんできたなぁ~!」とやられてしまいました。一穂ミチ先生は難しい言葉はほぼ使わず平易な言葉で、長ったらしくこねくり回した表現をせず簡潔に表現される作家だと思います。だからこそシンプルで美しい文章を書かれる印象です。
堅苦しい言い回しでなく柔らかい言葉で綴られて優しい感触なんですが、内容はどうしてどうして。良い意味で口当たりが良いものじゃなく、人生の不条理や人間の複雑さを巧妙に感じさせてくれます。見るからに重くはなく、ユーモアもあって軽やかに見えて実はドスンときたりします。まさに人生そのものに似ている気がします。
『スモールワールズ』の一遍、『ネオンテトラ』はまさに一穂節というか、軽やかに見えてドスン方式のお話でした。ちょっと黒い空気をまとったお話ですが、そういった話ばかりではありません。嵐山のり先生がコミカライズされた『魔王の帰還』はコミカライズされるのも納得のコミカルな作品。コミカルなばかりじゃないけど、不思議とポジティブな気分にしてくれます。
光石研さん、土村芳さん出演で実写PVが製作された『愛を適量』もドスンとはきますが、優しさも感じられる作品でこちらも明るい兆しを感じさせてくれて温かい涙が流れました。他の作品についてもこと細かに言及したいけど、野暮になりそうなのでやめておきますね。
どの作品もそれぞれの「家庭」を感じさせられました。「家庭」って小さな単位だけど、それぞれにとっては大きな世界ですよね。そして周りから見ると平凡と思っていても、それぞれなんらかの事情を抱えているものです。本当に何にもない平凡な家庭なんてひとつもないかもしれません。
でも、みんな外にふれ回ることもなくそれぞれが家庭の事情を抱えながら、懸命に生きているんですよね。『スモールワールズ』はそんなことをしみじみと感じさせてくれて泣いてしまいました。
“人生賛歌”とひとことで片づけるのはもったいない気がしますが、平凡でゆるく生きているように見える、まさに自分のような人間でもがんばって人生を生きていることをそっと見守ってくれているような視線を感じる、そんな作品です。短編の連作なので少しずつ読むこともできるので、ぜひ手に取ってみてくださいね。
《あらすじ》
夫婦円満を装う主婦と、家庭に恵まれない少年。「秘密」を抱えて出戻ってきた豪快な姉とふたたび暮らす高校生の弟。初孫の誕生に喜ぶ祖母と娘家族、手紙を交わしつづける男と女。向き合うことができずにいた父と子、大切なことを言えないまま別れてしまった先輩と後輩。誰かの悲しみに寄り添いながら、愛おしい喜怒哀楽を紡ぎ出す連作集。
(文/牧島史佳)
※〈コメント注意事項〉個人を特定する情報、また誹謗中傷や他人に不快感を与える投稿はお控えください。ことわりなく削除する場合があります。